言葉より大事なもの
−ジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルドが、あるときこう質問された。
「エラ、ジャズってなんだい?」
エラはすこし考えて、ゆっくりと口を開いた。
そして、彼女は心躍る魔法のようなスキャットをはじめた−
20代前半のころ、とても好きな雑誌があった。
『WIRED』というテックカルチャー系の雑誌で、元はアメリカで創刊され今は各国で独自に刊行しているタイトルだ。『WIRED日本版』(以下、『WIRED』)は『VOGUE JAPAN』や『GQ JAPAN』といった華やかな雑誌を出版しているコンデナスト・ジャパンという出版社が発行している。
『WIRED』は今も発行され続けているが、私が熱心な読者だったのは一代前の編集長、若林さんがいた間だ。
ガチガチの文系でテクノロジーなんて門外漢もいいところだった私が『WIRED』に強烈に惹かれたのは、やはり若林さんの手腕に依るところが大きいと思う。
雑誌では先端テクノロジーを扱っているにもかかわらず、私はいつも質の良い物語を読んでいるような気分がしていた。若林さん自身がもともとテックの門外漢で、文系の出自だったことも大きいように思う。
現代テクノロジーの流動や進化は、彼の目を通して見ることで、人間の在りようの変化というひとつの「物語」に変わっていた。そして良い物語が必ずそうであるように、そこにはたしかなリアリティーの手応えがあった。
若林さん率いる『WIRED』チームは、教育や音楽、コーヒーなど毎号おもしろいテーマを掲げては、ほかではちょっと見ないユニークなやり方でテーマを追究していた。発売日が近づくとソワソワするほどに、私は彼らの探求の足跡をたどることがとても楽しみだった。待ちに待った発売日になると、読み応えがありすぎる一冊を丸一日かけて咀嚼した。こんな楽しみは当時ちょっとほかにはなかった。
そんな『WIRED』で私がいちばん好きだったのは、巻頭の「Editor’s Letter」、つまり編集長である若林さんによる短い文章だ。
雑誌中の地の文ではない、若林さん自身の文体で書かれる文章に当時の私は心を奪われていた。自由で、知的で、そして何より優しかった。こんなに優しい文章を書く人がいるのだなあと深く感動した。
そんな深い感動のただ中にあった23歳の私は、しかしながらそれを表現する言葉を持たなかった。何かをうまく言葉にするというのは、対象との距離を適切にはかることに等しい。しかし、当時の私はまだ自分自身を含め物事の距離をうまくはかる物差しなど持ち合わせていなかった。
そんな若き日の私はある日、別の雑誌編集をしているおじさんと『WIRED』について雑談をする機会があった。私は興奮気味に若林さんの巻頭文が『WIRED』のなかでもほかのどの文章とも違うのだと話したように思う。「ほかのどの文章ともちがう」。ほかにうまい言葉が見つからず、たしかそう表現したと思う。するとおじさんは、とても嫌な表情を浮かべてこう言った。
「あれはエッセイだからね。ほかのは記事文や批評文だ。そりゃあ好きなこと書いてるんだからほかの文章とは違うよ。当たり前じゃないか」
そう吐き捨てるように言い、エッセイと記事文の区別もできず、わけもわからず陶酔している私の幼稚さをも指摘した。私はとても悲しかった。彼に言われたことより、自分が何もうまく伝えられなかったことがほんとうに悲しかった。
「きっと私が伝えたいのはそういうことじゃない。でも何を言えばいいんだろう」。結局その後ただのひとつも言葉が浮かばなかった。そして表参道から渋谷まで、夜道をひとり大泣きしながら歩いて帰ったことを覚えている。
先日、筒井康隆原作、今敏監督のアニメーション映画『パプリカ』を観た。
少々精神分析的な内容のSFストーリーで、90分まったく飽きずに楽しんだ。夢と現実の境界という自明性に疑問を投げかけ、ひいては人間の正気と狂気の境界をあやふやにする試みが恐くもあり興味深くもあった。
この作品を観終わって私が考えたのは、「線引き」ということだ。はたして正気と狂気に、そもそも明確な線引きなどできるだろうか。社会という条件下ではある程度は可能かもしれないが、しかしながらそれは大いに可変的かつ流動的に思える。そう思うと、言葉による分かりやすい概念分けより、おかしくない/何かがおかしいという感覚的な選別のほうがよりリアリティーを伴って腑に落ちるのではないだろうか。
そこまで考えたとき、前述の若林さんの巻頭文のことを思い出した。
今や23歳ではない私はエッセイや記事文、批評やフィクションといった文章カテゴリーの存在について大まかには把握しているように思う。読めばなんとなく、それぞれどのカテゴリーに位置するかも言葉にできるだろう。
しかし、それが何だというのだろう。ある素敵な文章が、素敵であること以上の意味づけなど必要とするだろうか。
あのとき、私はたしかにエッセイなどという概念を知りもしなかった。しかし今思えば、あれがエッセイだったから私にとって「ほかの文章とちがった」わけではないように思う。私はほかのどの文章でもない、あの文章にとても惹かれていた。きっとあの魔法のような文章を通すことで私は最も心地よいなにかに触れられた。それだけなのではないかと思う。
抱えるものを言葉にできず、あの夜悔しくて私は大泣きした。しかし、私はきっと言葉以上に大事なものをちゃんと持っていたのだと思う。無知でどうしようもなく若かった私だけれど、それだけは認めてあげたいと思う。
きっと何より記憶に残ること
先日の晴れた金曜日、会社の昼休みにひとりランチに出かけた。牧歌的な雰囲気が気に入っているトラットリアで焼き立てのマルゲリータピザを食べた。食後のデザートとコーヒーを済ませ、一息ついて会社にもどろうとした。
帰り道に木陰の歩道を歩いていると、右手に青山公園が見えた。広い公園にはところどころに木のベンチがあり、会社員らしきおじさんたちがぼうっとしたり、昼寝をしたりしている。
いつもならそのまま通り過ぎるのだけれど、その日はなぜかその場で足が止まった。太陽がわずかに西に傾き、気持ちの良い風がそよそよと吹いていた。ふと、誰も座っていないベンチが目に入った。木漏れ日が小さく揺れ落ちるベンチのまわりには、背丈の低い青草がみずみずしく茂っていた。
「あそこに座って本を読んだら、どんなに気持ちいいだろう」
そう思ったが最後、もう会社には戻れなかった。私の足はベンチへと向かい、そのまま腰をおろして鞄から読みかけの本を取り出した。揺れる木の葉の間から白いページに落ちる光がこそばゆかった。足元ではすずめが数羽、元気に走り回っていた。
遠くから気持ちいいだろうなと思ったベンチでの読書は、思ったとおりにとても気持ちが良かった。
本を読みながら、私はむかし読んだエッセイをふと思い出した。村上春樹の『ランゲルハンス島の午後』という話だ。
中学生になったばかりの春のある日、村上少年は学校で生物の教科書を忘れて家に取りに帰らされる。素直に取りに帰ったものの、帰り道に川岸の芝生に寄り道し寝転んで空を見上げる。「『ぽかぽかとした』という形容がぴったりする、まるで心がゆるんで溶けてしまいそうなくらい気持の良い春の午後」だったそうだ。
「頭の下に敷いた生物の教科書からもやはり春の匂いがした。カエルの視神経や、あの神秘的なランゲルハンス島からも春の匂いがした。目を閉じると、柔らかな砂地を撫でるように流れていく川の水音が聞こえた。まるで春の渦の中心に呑みこまれたような四月の昼下がりに、もう一度走って生物の教室に戻ることなんてできやしない。1961年の春の温かい闇の中で、僕はそっと手を伸ばしてランゲルハンス島の岸辺に触れた」
たしか私がまだ小学生だったある日、どうしても学校に行きたくない日があった。風邪でもなんでもなく、なんだかどうしても行きたくなかった。たしかそれをお母さんに伝えたと思う。今日ばかりはどうしても学校に行きたくないのだと。怒られることを覚悟していた私に、母は笑顔でこう言った。
「じゃあ、今日はお母さんお友達と会うから一緒にいらっしゃい。女の子3人でランチしましょう」
それは冗談ではなく、ほんとうに母は私を連れて近所のレストランで友達とランチをした。平日の昼間に名札もつけず、ランドセルも持たず、私は母とその友達とランチをした。吹き抜けの店内には大きな窓を通して自然光が降り注いでいた。同級生のみんなが学校でいつもどおりの生活をしている間、私は給食なんかよりずっとキラキラしたランチセットを前に少しドキドキしていた。そして何より、なんだか泣きそうになるのをこらえていたように思う。
6年間も小学校に通っていたのに、一番覚えているのは学校に行かなかったあの晴れた日のことだ。勉強のことなんてすこしも覚えていない。そう思えば、いつか会社での出来事をほとんど忘れてしまっても、あの昼休みの公園での読書のことは長く記憶に残るのではないかと思う。
「知ってる?動物のなかで逃げないのって人間くらいなんだよ。猫だって近づいたら逃げる。いいんだよ、逃げたいときは逃げたって。動物としてまちがってない」
だいぶ昔、仕事に行きたくないとごねる私にそう言ったのは昔の恋人だ。
「動物としてまちがっていない」
ときどき頭の中で、不思議とこの言葉が反芻する。平日のランチにドキドキしていた小さな私は、大人になって今、そういうものかもな、と静かに思う。
「普通」はむずかしい
何年か前に、小説を書こうとしたことがある。本が好きで、文章を書くのが苦じゃない人なら一度はやったことがあるのではないだろうか。
私の場合は、書いたものが小説の体をなす前にあきらめてしまった。理由は簡単だ。物語を書き進められなかったのだ。
劇的な事件や、その場限りの1シーンならなんとか形にできる。しかし、シーンとシーンの間をどうしても書けない。今がどこにも移行せず、極端にいえば今日が明日にならない。つまり、物語のなかでうまく時間が流れないのだ。結果的に、各シーンはほかのシーンと結びつかず、それぞれがぷかぷかと浮遊していた。多分に劇的な要素だけを抱えて。
かろうじて短編小説なら書けるかとも思ったのだが、何かが腑に落ちない。腑に落ちないまま、何を書くでもなく自然と数年が経った。
そしてこの数年何をしていたかというと、特になにもしていない。いや、もちろん何かはしているのだけれど、特筆すべきことは何も成していない。食べたり、寝たり、よくある恋をしたり、疲れてまた寝たり。そんなことをしているうちに数年が流れた。そう、数年が流れたのだ。
自分の人生をひとつの物語とするなら、そのほとんどの時間、私はかなり「普通」のことをして過ごしている。今夜だってほんとうは気になる男の子と素敵なデートをしたいのに、実際はコンビニで買ってきた惣菜を電子レンジで温めている。しかも元彼が置いていったユニクロのスエットを着て。
テーブルの上の本を小脇に押しやり、YouTubeで適当な音楽を流しながら、レバニラとエビピラフをプラスチックのスプーンで食べた。あとで箸を洗うのが面倒で、レバニラもスプーンで食べた。メニューの組み合わせも意味不明だが、なぜレバニラの横に『世界拷問史』が置いてあるかも意味不明である。
と、おそらくどこにも見られる日常風景をつらつらと書き連ねたが、しかしほとんどの場合、このようにして時間は流れるのではあるまいか。運命的な恋や親しい人の死のような大事件は、人生という時間軸で見ればほんの一瞬の出来事だ。もちろんそうした事件は単体でも十分物語たりうるが、私には少々ドラマティックにすぎるように思う。
先日観た映画『愛がなんだ』で、すこし気になる役者がいた。好きな女に便利に使われる気弱で情けない青年ナカハラを演じた若葉竜也という役者だ。
鑑賞中は彼の演技のあまりの「普通さ」に、彼の存在を気にもしなかった。しかし、じわじわと彼のことが気になりだして後日彼のインタビュー記事を読み漁った。すると、こんなことが書いてあった。
「役者にとって、感情をあらわにするような演技ってすごく快楽だったりするんです。相手への思いが伝わらず、感情的になってボロボロ涙を流して気持ちを吐露するというやり方もあったと思うのですが、そっちにいくとナカハラという男が問題を解決できる人物になってしまう。それだとあまり共感できないと思ったんです。とにかく普通の一人の人間、誰もが感じるものを生々しく演じようと思ったんです」
私のコンビニ飯と彼の芝居を並べるもどうかと思うが、しかしレバニラを食べながら私は彼の言葉について深く考えざるをえなかった。
私が書けなかった小説には、きっと本来あるべき「普通」が欠けていたのだろう。 若葉さんが言うように、大げさなものは簡単で、しかしそれがリアルかというと必ずしもそうではなかったりする。大抵の人間は普通に生きて普通に死んでいく。
たとえ劇的なことが起こったとしても、うまく立ち振る舞えるとは限らないし、かっこわるいことのほうが圧倒的に多い。でも、そんな普通のなかにこそ私たちのリアルはある。
私たちは、つい大仰なことや分かりやすい理想にばかり意識を向けてしまう。大部分の時間を普通に過ごしているのに、そんな何でもない自分をほんとうに認識するのは実は難しかったりする。
しかしながら、元彼のスエットを着て食べるコンビニのレバニラも、ちゃんと味わえばわるくはないものだ。たとえ素敵な服を着て心ときめくデートに行けなくとも、それなりにわるくない人生はこうして進んでいくものである。
誰しも自分のことは分からない
ここ最近で読んだ漫画の中で、ぶっちぎりのマイ・ベストは『サルチネス』だ。
『行け!稲中卓球部』を生んだ古谷実によるギャグ漫画で、全四巻の中編作品。これを読んでからというもの、気がつけばこの漫画のことをよく考えている。
登場人物はそれぞれ何かしらの問題を抱えていて、見事なまでに各々派手にこじらせている。主人公の中丸タケヒコは幼少期のトラウマから独自の思索の道に突き進み、31歳まで引きこもり。かろうじて人との会話はできるが、一般的な常識はあまり持ち合わせていない。
そんなタケヒコがひょんなことから引きこもり生活をやめ、ひとりで冒険に出る。社会的自立という冒険だ。途上、彼は実に様々な他者と出会う。その全員がまた個性的というか、変わり者というか、ひどく生きづらそうな人生を送っている面々だ。
自身もかなりの変わり者のタケヒコが、毛色が異なる強烈な変わり者たちとの交流を通じて、なんとなくひとまわり大きくなっていく。大笑いあり、涙ありの名作だ。
さて、私がこの作品についてまず一番に思うのは「みんないいやつ」ということだ。そう、それぞれクズだったり情けなかったり思い込みが強すぎたりするけれど、なんだかみんないいやつなのだ。致命的にこじれてはいるが、心根が素直でやさしい。情にもろく、すれていない。決して自分に嘘をついたりごまかしたりはしない。ただ、まっすぐでありすぎるゆえに、激しく壁にぶつかってこじれている。つまり、ひとりで考えすぎてみんな行き詰まっているのだ。
この作品では、そんな全員がお互いを鏡としてそれぞれの行き詰まりに活路を見出していく。そこがまた泣ける。みんな、ほんとうは苦しんでいたのだ。わけのわからない生き方をしていたのは、そうある以外に生き続ける方法がなかったからだ。
そして、登場人物たちは自分以外の者には驚くほど的を射たことを言う。互いのこじれの構造を、見事に互いが見抜いている。タケヒコも、“谷川”や“サイキック”に対しニーチェばりの鋭い指摘をする。そのくせ、自分は自身の指摘に反することを平気でしている。読者は「タケヒコ、お前もやで」と思わずツッコミを入れる。
しかし、そこがこの漫画の真髄だと私は思う。そう、みんな自分のことは分からないのだ。他人のことは両目で認識できるから、客観的な観察もできるだろう。しかし自分の姿は片目でも見ることができない。だからこそ、私たちには他者が必要なのだ。ひとりだけではやはり行き詰まる。互いが互いを鏡とするから、見えなかった自分の姿が見えてくる。チャップリンの可笑しな人間劇が喜劇たりうるのは、それを見る観客がいるからだ。
私はこの漫画を読んですっかり感化されてしまった。そして、これまで自分ではよく分からなかったあるものについて、 私は自分を頼ることを止めた。
そうだよな、自分のことなんて自分じゃほとんど分からないよなと深く納得してしまった私は、「自分に似合う髪型」、「自分に似合う化粧品」の一切を以来人任せにしている。
髪型は、美容師の妹に「似合うならなんでも」とだけ告げる。化粧品に関しては、ある日偶然出会った化粧品売場の腕利き美容部員に一任している。おそらく同世代くらいの美容部員、山岡さんはほんとうのプロだ。筋金入りのコスメオタクで、既成の化粧品という無限の選択肢の中から私の顔にピタリと合うものを寸分のズレなく選んでくれる。私には到底できない神業だ。
そんな山岡さんは、いつも選んでくれた化粧品で私の顔を誰よりきれいに仕上げてくれる。あくまで化粧が、ということだが自分の顔ながら思わずうっとりするほどの出来だ。彼女がこれまた褒め上手で私はついつい財布の紐がゆるんでしまう。しかしそれが嬉しい。化粧品の数万など安いものだと思わせてくれる。まさに腕利き。キャバクラ通いするおじさんの気持ちはこういうものなのだろうか、と帰りにいつも思う。そうであれば、悪くないものだ。
そんな山岡さんの好きなところが実はもう一つある。それは彼女自身の顔に施された化粧だ。ここまでの腕利きにもかかわらず、山岡さんは自分の化粧があまり上手ではない。
彼女の顔を見るたびに、ああ、自分のことは自分では分からないものだよな、と私はなんだか嬉しいような安心するような気持ちになる。小さな化粧台の鏡をはさんで、このように私は人と生きることの謎と喜びをいつも味わうのである。
自分を大事にするって、つまり「何もしないであげる」ってことなんじゃないかって話
今朝起きて、すこし困った。
「今日、何しよう」、と。
そもそも予定を立てるのがあまり好きではない性分なので、普段からわりと暇なのだが今週末は殊更に暇だった。予定といえるものが微塵もなかった。
そこで、ベッドで横になったまま、「本日上映中の映画」を携帯電話で調べた。都内の好きな映画館から順に検索した。
渋谷の文化村「ル・シネマ」。めぼしい映画はなし。
下高井戸の「下高井戸シネマ」。こちらもあまりぱっとしない。
新宿の「テアトル新宿」。ここで眠気が覚めた。角田光代原作、今泉力哉監督作品の『愛がなんだ』。知らない作品だ。けれど、何かに強烈に惹かれた。そして土曜日には珍しく、そのままむくっと起き上がり、部屋の掃除を済ませ、準備をして昼前に家を出た。夕方から降るという雨に備えて、ビニール傘を持っていった。
上映開始は夕方4時。まずは新宿紀伊国屋に行き、原作の文庫本を買った。ついでに見つけたフィッルジェラルドの後期作品短編集も買った。
そのまま、新宿東口の西武喫茶店へ。私は煙草を吸わないがいつも喫煙席に座る。西武は喫煙席フロアのほうが喧騒的で、本を読むにはそれが不思議と心地よい。
ホットコーヒーを注文し、さっそく単行本を開く。ふと角川文庫は久しぶりだなあと思い、そういえばここ数年はもっと堅苦しい本ばかり読んでいたなあと気づく。
映画が始まるまで3時間。ぎりぎり読み終わるくらいか、と一行目に目を落とした。
3時半。読み終わった本を閉じ、席を立って映画館に向かう。晴天に傘を持って伊勢丹沿いを歩く私の胸は、すこし期待で膨らんでいた。
テアトル新宿のいいところは、後部座席から見た劇場の景色だ。小さな子どもに映画館の絵を描かせたらきっとこうなるよな、という光景が広がっている。とても原風景的な映画館だ。
後方の席に着き周りを見渡すと、若いカップルや女性2人組が多く見られた。漏れてくる会話によると、どうやら主演の俳優目当ても多いようだった。
映画を見終わって、なんだか少しだけモヤが晴れた気がした。
そして、「自分を大事にすること」について考えた。
主人公のOLテルちゃんは、自分を好きになってくれないマモちゃんに片思いしている。片思いといっても、2人はときどき会って身体の関係だって持っている。マモちゃんは、必要なときだけテルちゃんに連絡してはご飯を食べたりする。テルちゃんはマモちゃんが大好きで、自分の生活や人生なんてほっぽり出してマモちゃんをすべてにおいて最優先する。でも、マモちゃんはテルちゃんのことなんてこれっぽっちも考えていない。それどころか、他に好きな女性までできる始末。でもマモちゃんはマモちゃんで好きな女性にとっての都合の良い男でしかいられない。まあ、よくある話といえばそうなる。
しかし、この話のおもしろいところは、みんながみんな何かを見失っているということだと思う。見失ったまま、でもなんだかまっすぐにみんな傷ついていく。
はたして、みんなが見失っているものとは何なのだろうか。
原作の解説には、こんなことが書かれている。
「テルちゃんはマモちゃん以外のたいていのことを『どうでもいい』に分類しているが、無意識のうちに一番『どうでもいい』に分類してしまっているのは、自分自身ではないかと思う」
「もっと自分を大事にしていいと思う」
そう私に言ったのは、実の妹だった。むかし、私もテルちゃんみたいな恋をしていた。大好きなのに、恋人にはなれない。彼が何よりも一番で、何よりも大事にしたいのに、相手は私のことを同じようには思ってくれない。
妹にそんなことを言われたとき、正直むっとした。正論めいたことを言わないでくれ、とも思った。私は十分、自分を大事にしている。傷つく恋だと分かっていても、今は好きなのだから会いたいなら会えばいい。相手に大事にされることだけが、自分を大事にすることじゃないはずだ。自分が望むことをしてあげる。それの何が悪い?
でも、結局何かが分からないまま、その恋は終わった。
そして、今すこしだけ分かったことがある。
自分を大事にする。ある場面においてそれは、自分に何かをしてあげるのではなく、「何もしないであげる」ことじゃないのだろうか。
テルちゃんはたしかにすこし愚かだ。最低なマモちゃんなんかに自分を預けている。とても弱くて寂しがりやで、想像力に欠けていて、自分勝手な理想を持ちすぎる。そのうえ、マモちゃんといれば、そんな欠点が補完されて自分が完ぺきになれると思い込んでいる節がある。そんなの、マモちゃんにしてみたら到底受け止めきれない。
だけど、そんなの誰だってそうじゃないのだろうか?
誰だって弱くて、寂しがりやで、想像力に欠けていて、自分勝手な理想を持ちすぎる。しかし、それは自分にとって受け入れがたい事実だ。歳若ければなおのこと。
だから、人は何かをしてしまう。完全になりたくて、自分に何かをしてしまう。
それは時に、片思いだったりする。現実の情けない自分を置いてけぼりにして、理想の人に恋をしたりする。あくまで、自分がなりたい理想像に近しく見える人に。自分の目には強くてかっこよく映る人に。
でも、そんなスーパーマンみたいな人はきっといない。生きていれば誰にだって寂しい夜はあるし、情けない恋だってする。
久しぶりに手にした角川文庫。ここでも、私はずっと背伸びしていたことに気付かされる。そして思わず微笑んでしまう。そんな自分が愛しいと、今ならすこしだけ思える。
持って行った傘は、結局一度も開かずに帰ってきた。
スナフキンに恋して人間と失恋した話
むかし、スナフキンに恋したことがある。
正確に言えば、スナフキンみたいな人に恋をした。
彼は、どことなく他の男の子とは違う雰囲気を持った人だった。何にも執着がなさそうで、私の目には風のような自由を帯びて見えた。彼をひと目見て、すぐに私から声をかけた。めったにそんなことはしないので、自分でも驚いた。
それから何度かふたりで出かけ、たくさん話をした。口下手な私が、びっくりするほどたくさんの話をした。自分の身の上話をし、私のことをたくさん知ってほしいと思った。彼の身の上話を聞き、彼のことをたくさん知りたいと思った。
要するに、私は恋をしていた。
ふたりはすぐに恋人になった。彼は実に教養のある人だった。互いの好きな音楽の話、本の話、映画の話。私たちには伝えたいこと、共有したいことが尽きることなくあった。
その頃、私は若さもあって精神的に落ち込みがちだった。おそらく、それで救いを求めるようにたくさんの本や彼の広い教養にすがっていたように思う。そんな私に、彼はこう言った。
「長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめるひとつの歌さ」
下を向いていた私は、顔を上げた。「誰の言葉?」
彼は笑った。「スナフキンだよ」
私は、彼と一緒に暮らし始めた。
しかしながら、彼との暮らしは長くは続かなかった。
一緒にいる間は、とても幸福だった。だけど、それはきっと生活ではなく生活のまねごとだったのだと思う。そして、私がほんとうに求めていたのは「生活」そのものだった。
もちろん彼はスナフキンではなく、ひとりの人間だった。誰でもそうあるように、彼には彼なりの問題があった。
そして、彼の問題と私の問題を一緒に抱えながら生活にたどり着くことはひどく難しいように思えた。
おとぎ話ならいい。生活なんてしなくとも夢は夢のままであり続け、美しさは変わらず美しさであり続ける。しかし、残念ながら私たちは現実を生きている。
ウディ・アレンが言うように、私たちはいつも夢と現実の選択を迫られる。夢を選ぶのは楽しいけれど、それは「正気の沙汰ではない」。それであれば現実を選ぶほかないけれど、現実にはいつだって落胆させられる。
スナフキンが見せてくれた夢は、実にいいものだった。人は愚かな若い過ちと言うかもしれない。それでも、私はあのとき、あの夢を見る必要があったように思う。そうでないことには、きっと目の前の現実なんて生きられはしなかったはずだ。
もしも無人島に持っていくなら
そんな状況に陥ることはまずないだろうけれど、もし無人島にひとりで行くなら持っていく本が2冊ある。無人島の門番にどちらか1冊にしろと言われたらけっこう困る2冊だ。
ひとつは『菜根譚』。これは古い中国の本。
もうひとつは『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』。これは作家と心理学者の対談本。
『菜根譚』がどんな本かは割愛するが、ここでは記憶をたよりに、私のお気に入りの話を書きたい。
「蝋燭に火を灯し、闇夜に勉学に励むことはたしかに素晴らしい。
しかし、それだけではいけない。勉強を終えたあと、蝋燭の火を消す心を持っていたい。消し忘れてしまった火に飛び込んでしまう虫がいることを、忘れない人間でありたい」
たしか、こんな話だったと思う。
私がこの本を開くとき、それは『菜根譚』を読みたい、というよりは、これを書いた洪自誠さんという人と深い部分で溶け合いたい、という気持ちが強いように思う。私が私であること、彼が彼であることを超えて、まさに「溶け合いたい」と思う。
こう言っては語弊があるかもしれないけれど、本に書いてあることは何でもいい。
ただ、「あちら」と「こちら」をつなげるお経のような役割として、そこに彼の言葉がある。
そして、おそらく私にとってはこのお気に入りの話が洪自誠さんとつながる最も効果的なお経なのだと思う。
それと似たような理由で、『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』もとても好きな本だ。ふたりの会話が導く深い場所にある広場で、彼らと溶け合うような感覚に落ちていく。それが心地いい。
たしか村上春樹が、自分が書きたい物語について、どこかでこんなことを話していた。
「凍えそうな冬の夜に、自分と奥さんと猫がみんなでぎゅっと寄り添って眠る。強く抱き合っていると、しだいにどこまでが自分で、どこからが自分じゃないのか分からなくなる。気づけば自分はいなくなり、意識は心地よいあたたかさの一部になっている。自分はそんな物語を書きたいと思う」
文面はだいぶ違うと思うが、内容はこんな感じだったと思う。とても好きなエピソードだ。
何かと溶け合い、自分の形が不明瞭になる。小さな自分の身体、意識から離れて自由になる。それは、本という安全な場所で感じられたならとても喜ばしい感覚だ。
しかしながら、久しぶりに『菜根譚』を開いてみたけれど、私のお気に入りの話が見当たらなかった。何度も人に話すうちに、私が勝手に変えてしまったのだろうか。そんなことはないはずなんだが…。